「第二回鯖街道安曇川車座会議」(2025年7月5日、朽木能家で開催)

 いつもの年より早く梅雨明けをした7月5日に開催された「第二回鯖街道安曇川車座会議」を振り返ります。
2回目は、鯖街道のひとつ「若狭街道」(朽木ルート)、安曇川流域の滋賀県高島市朽木、大津市葛川、京都市左京区久多など活動する人々と、NPO葛川共創ネットワークの関係者が集まり、朽木で7月に運営がスタートした古民家「丸善邸」で開催されました。
誰も住む人がいなくなり、朽ち果てるのを待つだけの現代日本の中山間地域の過疎、空き家問題などの課題を凝縮したような「丸善邸」が農泊として蘇り、初めてお客さまを迎えた日に参加することができ光栄に思います。

参加者の自己紹介から始まり、昨年に続き、東洋大学名誉教授青木辰司氏の講演が行われました。青木先生の講演では、①グリーン・ツーリズムから農泊への政策転換、②農家の努力と食糧の価値、③農業遺産の重要性、④長期的な視点での次世代への継承について、それに加えて、近年のオーバーツーリズムのリスクも指摘されていて、地域の特性を活かした質の高い体験提供の必要性を述べられていました。

人材とコミュニティの重要性

農業政策が現場の実態に合っていないという問題意識がありますが、これに対して農家を支援するのではなく、若者が実際に農業に参加し、価値を生み出す「体験型農業」や、「リゾートバイト」のように、農業体験と旅行を組み合わせた新しい働き方も提案があります。これによって人手不足の解消や、都市部の人々が地域の魅力を知るきっかけになると考えます。

農山村の持続可能性について、観光や農業(地域の産業)を環境や文化を損ねない形で発展させるには、単なる消費活動の担い手としての観光客ではなく、地域を共に創っていく「共創者」として外部から来る人々を迎え入れることです。彼らは、地域の人々が当たり前だと思って見過ごしてきた風景や風習、技術に、新たな価値を見出すことができます。古民家を再生したり、伝統野菜を使った新しい商品を開発したり、外部の視点から生まれるアイデアは、地域に新鮮な風を吹き込み、イノベーションのきっかけとなるのです。「みんなが持つべきもの」として、質が高く、心を豊かにするような「宿」や「場所」は単なる経済的価値だけでなく、人々の交流を通じて生まれるということです。

2.「コモンズ」という考え方

イギリスのフットパスに代表される自分の資産を個人で独占するのではなく、みんなで共有する「コモンズ(Commons)」は、その場所の価値を共有する行為であり、この考え方を広めていきたいとお話しされていました。コモンズは、暮らしの豊かさを感じ、命と心を紡ぐプログラムとして、人々が知恵を出し合う場を提供したいという意図が感じられます。

3. 次世代への責任

農泊も世代交代が課題です。子孫のために公共の資源や伝統を残していくには、地域住民自身が主体となって活動することが必要です。地域が抱える課題に対し、単なる解決策ではなく、人々の意識を変革し、新しい価値観を共有することの重要性を「後ろ向き」ではなく、「次世代のために何かを残す」という前向きな発想が重要なのではないでしょうか。

4. 医療との農村の連携

医療施設で病気を治すだけでなく、農家民宿での農業体験を通じて患者が心身ともに元気になっていくという事例の紹介がありました。異なる分野(この場合は医療と農業)が連携することで、新たな価値と可能性があることを示唆されていました。

5. 観光のあり方

「観光」は、単なる経済活動ではなく、その土地の文化や自然、歴史に触れ、敬意を払うべきであり、安曇川流域の3地域が京都の奥座敷のような場所として連携し、地元の人々と訪問客が交流し、お互いの価値観を共有するような場所になればいいと思います。農泊は経済的な利益を追求するビジネスや観光の話に留まらず、地域社会のあり方、人々の心の豊かさ、そして未来への責任といったその地域に暮らす人々の心の豊かさを重視しています。特に、「現場」での実践の重要性を繰り返し強調されており、机上の理論だけでは解決できない課題に、人々が知恵を出し合い、「コモンズ(共有財産)」として地域資源を活用していくことを提唱されていました。

青木先生の講演後の意見交換では、安曇川流域の未来への道筋を多角的な視点から議論されました。ゲストハウス運営や空き家活用といった具体的な活動を通じて、地域を活性化させるアイデアが語られました。また、移住を検討している人々や、地方での暮らしに興味を持つ人々が、どのように地域に入っていくべきか、その「繋がり」を築くための仕組み作りが必要だという意見がでました。

移住者と地元住民の関係づくりは、時に繊細で難しい一方で、子供たちの交流を通じて、地域と外部の人々が自然に繋がっていく様子が語られていました。冬の厳しい寒さのような困難な状況を共有することで、移住者と地元住民の間に深い信頼関係が生まれるのだと思います。

おわりに

この会議では、インバウンド観光の盛り上がりとは別で、日本は今、新たな課題に直面していることに気付かされました。それは、一時的な滞在者ではなく、本格的に「移住」を希望する人々が急増しているという現実です。外国人による土地購入は既に懸念事項となっています。特に北海道や沖縄など、景観が美しい地域では、広大な土地が海外資本に買収される事例が報告されていますが、地方、いわゆる田舎にもじわじわとSNSを通じて広がっていることに衝撃を覚えました。これは土地が誰の所有になるかという問題だけでなく、その土地に根付く日本の文化や伝統が失われることへの大きな危機感を呼びかけられていました。

 日本の古くからの生活様式や地域コミュニティの結びつきが失われ、リスペクトを欠いた開発や利用が進めば、地域の独自性やアイデンティティは、ゆっくりと、しかし確実に侵食されていく可能性があることを他人事ではなくひとりひとりが受け止めなければならないところまで来ているのだと改めて考えさせる機会となったのではないでしょうか。

著者
山本 久美

同志社大学大学院総合政策研究科博士課程後期 / NPO法人葛川共創ネットワーク賛助会員