第一回鯖街道安曇川車座会議
皆さんお元気ですか?ようやく長かった酷暑も終わり、安曇川流域にもススキや秋の花が咲き、落ち着きを取り戻した日々です。少し時間が経ってしまいましたが、7月11日に開かれた「第一回鯖街道安曇川車座会議」について振り返るとともに、これからどんなことができるのか、筆者から一つの提案をしたいと思います。
車座会議には、滋賀県大津市葛川の古民家の屋根裏に、鯖街道の朽木、久多、葛川など安曇川流域で活動するのメンバーと、NPO葛川共創ネットワークの関係者約25 名が集まりました。茅葺がよく見える屋根裏に車座になり、語り合いました。前半は、メンバー全員がそれぞれの活動や地域づくりへの思いなどを紹介。後半は、グリーンツーリズムの第一人者である青木辰司氏(東洋大学名誉教授)にご講演いただきました。
「グリーンツーリズムは都市と農村に住む人が確かな信頼を育むためのもの。この地域には余計なものはない。すべてがある。価値の共有を直球勝負でやっていってください」とエールが送られました。会場を飾っていた清楚な花は、久多で栽培されている「北山友禅菊」です。
参加者アンケート(回答者16名)に寄せられた意見を少しご紹介しましょう。
「葛川共創ネットワークへのご意見、共有したい集落の課題」については、次のような意見が寄せられました。
- 地域の世代交代の課題や対策例について話を聞きたい
- 葛川や安曇川水系、鯖街道エリアの移住対策に関心があり、移住が進んでいる葛川の話を聞きたい
- 地域資源や特産品の活用、外部団体との連携強化を提案し、特に地元農産物や伝統工芸品のプロモーションによる地域経済の活性化が重要
- 移住者のための住宅不足や空き家活用について
- 地域の人口減少による仕事の減少や担い手不足に対する懸念など
次に、「今後参加メンバーと一緒にやってみたいこと、やれそうなこと」については、
- 他地域や他県へのスタディツアー(例:「発酵食品を作る研修会」)に関心が集まり、学びを深めたい
- 共通課題に対する「共同政策提言」や、外部の活動者(災害支援や町おこし関係者など)との交流機会の開催
- 鯖街道や安曇川流域のグリーンツーリズムや、その地域の歴史・文化を感じる体験ツアーも行いたい
- 情報交換や活動報告を通じた知見共有の場の設置
など、いずれも地域活性化や学びの機会に関し、具体的な活動案が出されました。
流域のレジリエンスを高めるには
さて、ここからは安曇川流域のコミュニティ・デザインに取り組んでいくために参考になると思われる考え方と提案をいたします。
それぞれの集落や流域がレジリエンスを高めるにはどうすればいいのでしょうか?「レジリエンス(resilience)」とは、一般的には困難な状況や逆境に直面した際に、適応し、回復する能力を指します。『コミュニティ・デザイン新論』第5章「集落のレジリエンスを高めるには」で、山口洋典氏(立命館大学教授)は、地域コミュニティのレジリエンスの定義として、前田昌弘氏(京都大学准教授)による「あるシステムが外からの変化や危機に対処し、望ましくない状況を脱して活動の安定状態を取り戻す、あるいは別の安定状態に移行する能力」(前田、2016)を採用しています。
地域コミュニティの活性化を考えるとき、「地域コミュニティの活性化には、外部支援者との協働的活動が不可欠である。~中略~地域コミュニティには外部支援者を受入れ、継続的な交流を図りつつ、新たな関係構築への契機を外部支援者と共に探究することで、絶対的な経験の差異を確認し合うことにより新たな価値の創出を図っていく、学び合いのコミュニティづくりが求められている。」(山口、2024)と述べています。また、「一人ひとりの個性や各地域が継承してきた歴史的・社会的・文化的な環境に敬意を払いながら、地域で活動する担い手とその機会を増やそう、という提案である。~中略~言葉の力が地域を動かす原動力となり、集落のレジリエンスを高めるのである。」と述べています。
この考えを本地域にあてはめて考えてみると、鯖街道や安曇川流域のそれぞれの拠点でのこれまでの取り組みを紹介し、互いに体験することで、それぞれの各地域が継承してきた歴史的・社会的・文化的な背景や活動を共有することができるでしょう。まずは関係者の中で、鯖街道や安曇川流域の価値をクローズアップしていく。そして、さらに京都や大阪、福井からの移住者や関係人口を増やす。共に活動し、地域の魅力を可視化し、関わる人を増やし、ここに関わることで人生が豊かになる(well-beingが向上する)、そして結果として地域のレジリエンスを高めていく方策を共に模索してはいかがでしょう。
学びの場「安曇川ラーニングコモンズ」
具体的な提案としては、「安曇川ラーニングコモンズ」と称するような学びの場を創ることです。『コミュニティ・デザイン新論』第6章「集落の価値を高め磨くツールとは」で、筆者は和歌山県みなべ町の事例を紹介しました。同町は滋賀県「琵琶湖システム」と同様に世界農業遺産(FAO)に「みなべ・田辺の梅システム」として認定された地域です。また、みなべ町は今年2月に内閣府の「SDGs未来都市」に申請し、5月に選定されました。その計画には、町民や役場職員一人一人が自ら学び、課題解決策を探究・実践する姿勢を身につける場を創ることにしました。「みなべ梅ラーニングコモンズ」と名付けました。その考え方は「OECDラーニングコンパス2030」に倣っています。
「OECD ラーニングコンパス2030」は、2019年に「OECD Future of Education and Skills 2030 プロジェクト」により開発されました。ラーニングコンパスが提示するのは「学習の枠組み」です。学習者が 2030 年に活躍するために必要なコンピテンシー(能力)に関する幅広いビジョンを提示しています。また、2030年のゴールとしてウエルビーイング(Well-Being)が設定されており、仕事、収入、住宅のような経済的要因に加え、ワーク・ライフ・バランスや教育、安全、生活の満足度、健康、市民活動、環境やコミュニティのような生活の質(Quality of life)に影響を与える要因が含まれるとしています。特に重要な能力として「トランスフォーマティブ・コンピテンシー」が挙げられています。それはより良い未来の創造に向けた変革を起こす行動特性であり、各探究プログラムを通じ、「新たな価値を創造する力」「対立やジレンマに対処する力」「責任ある行動をとる力」を育むこととされています。
まさに、「安曇川ラーニングコモンズ」のような学びの場を創り、車座で出されたような各地域の歴史・文化に学び、地域の価値を共創する活動を始めてはいかがでしょうか。そして、その活動を通じ、学生・ファミリー・シニアなど多世代の関わる人が、それぞれの暮らしや人生の豊かさを深めていってはいかがでしょうか。
注:『コミュニティ・デザイン新論』は、2024年9月9日に出版されました。同志社大学総合政策科学研究科ソーシャル・イノベーションコースで13年にわたり、「コミュニティ・デザイン論研究」という授業が行われてきました。筆者は最後の3年に同コースの専任教員として、この授業にかかわりました。その13年間の総まとめとして編集されたのがこの書籍です。関わってこられた先生方、地域で活動されている方々に執筆いただきました。監修を新川達郎氏、編者を川中大輔氏・山口洋典氏・弘本由香里氏が務め、大阪ガスネットワーク(株)エネルギー・文化研究所が編集協力し、さいはて社から出版されました。監修された新川氏は、本書の問いとして「私たちの中に積み重なってきている文化的基層が手掛かりとなり、公共圏が形成され、異なる価値が共存できる現在と未来のコミュニティのデザインを探究することである」(まえがき)としています。
https://saihatesha.com/books02-35.html
著者
大和田順子
教育テック大学院大学教授/総務省・地域力創造アドバイザー/立命館大学日本バイオ炭研究センター客員教授